讃彌陀偈作法


 この作法は、明治43年に刊行された本願寺派の旧声明集である『龍谷唄策』所載の「十二光禮」に依って作られ、名称が改められたものである。

(1)總礼頌

原文稽首佛足 右繞三匝
長跪合掌 以頌讃曰
和訳仏足を稽首し、右に繞ること三匝して、
長跪合掌して、頌をもつて讃めてもうさく。
出拠康僧鎧訳 『無量寿経』上巻 讃仏偈前文 『真聖全』1・6-2/『註釈版』11-7
備考『龍谷唄策』所載の「十二光禮」の「総礼伽陀」に相当する。御文は『龍谷唄策』の「讃仏会作法」に見られる。「大師影供作法」の「五眼讃」の譜に依り呉音で唱えるが、元は魚山声明の「四智讃梵語」乙様の譜に依る。盤渉調となっているが本来は黄鐘調であった。『龍谷唄策』の「十二光禮」では、「総礼伽陀」に続いて「三礼・如来唄・勧請」が入る。
大師影供作法の「五眼讃」を参照


(2)頂礼文

原文南無至心歸命禮西方阿彌陀佛
和訳南無して心を至し帰命して、西方の阿弥陀仏を礼したてまつる。
出拠曇鸞大師 『讃阿弥陀仏偈』 『真聖全』1・350-4 
備考『声明品集』に「三南無」として、この文を三称しており、『龍谷唄策』所載の「十二光禮」の「十二光礼」の冒頭にも見える。譜は『龍谷唄策』の「読経結願作法」の「対揚」によるが、元は魚山「顕教対揚」の第一文の博士を依用したもの。


(3)十二光讃

原文現在西方去此界 十萬億刹安樂土
佛世尊號阿彌陀 我願往生歸命禮
 (以下略)
和訳▼現に西方この界を去ること、十万億刹の安楽土に在す。▼仏世尊を阿弥陀と号けたてまつる。われ往生せむと願じて帰命し礼したてまつる。▼成仏よりこのかた十劫を歴たまへり。寿命まさに量りあることなし。▼法身の光輪法界に遍くして、世の盲冥を照らす。ゆえに頂礼したてまつる。▼智慧の光明量るべからず。ゆえに仏をまた無量光と号けたてまつる。▼有量の諸相光暁を蒙る。このゆえに真実明を稽首したてまつる。▼解脱の光輪限斉なし。ゆえに仏をまた無辺光と号けたてまつる。▼光觸を蒙るもの有無を離る。このゆえに平等覚を稽首したてまつる。▼光雲無碍にして虚空のごとし。▼ゆえに仏をまた無碍光と号けたてまつる。▼一切の有碍光沢を蒙る。このゆえに難思議を頂礼したてまつる。▼清浄の光明対ぶものあることなし。ゆえに仏をまた無対光と号けたてまつる。▼この光に遇うもの業繋除こる。このゆえに畢竟依を稽首したてまつる。▼仏光照耀すること最第一なり。ゆえに仏をまた光炎王と号けたてまつる。▼三塗の黒闇光啓を蒙る。このゆえに大応供を頂礼したてまつる。▼道光明朗にして、色超絶したまへり。ゆえに仏をまた清浄光と号けたてまつる。▼ひとたび光照を蒙れば、罪垢除こりてみな解脱を得。ゆえに頂礼したてまつる。▼慈光はるかに被らしめ、安楽を施したまふ。ゆえに仏をまた歓喜光と号けたてまつる。▼光の至る所の処法喜を得。大安慰を稽首し頂礼したてまつる。▼仏光よく無明の闇を破す。ゆえに仏をまた智慧光と号けたてまつる。▼一切諸仏・三乗衆、ことごとく共に歎与したまへり。ゆえに稽首したてまつる。▼光明一切の時にあまねく照らす。ゆえに仏をまた不断光と号けたてまつる。▼光力を聞くがゆえに、心断えずしてみな往生を得。ゆえに頂礼したてまつる。▼その光仏を除きてはよく測るものなし。ゆえに仏をまた難思光と号けたてまつる。▼十方諸仏往生を歎じ、その功徳を称したまへり。ゆえに稽首したてまつる。▼神光相を離れたれば、名づくべからず。ゆえに仏をまた無称光と号けたてまつる。▼光に因りて成仏したまへば、光嚇然たり。諸仏の歎じたまふ所なり。ゆえに頂礼したてまつる。▼光明照耀すること日月に過ぎたり。ゆえに仏を超日月光と号けたてまつる。▼釈迦仏歎じたまふもなほ尽きず。ゆえにわれ無等等を稽首したてまつる。
出拠曇鸞大師 『讃阿弥陀仏偈』 初14偈56句に依る。『真聖全』1・350-5
備考『龍谷唄策』所載の「十二光禮」の「十二光礼」の譜を「念仏正信偈」と同じものに改めたもの。本文は『声明品集』にも「十二光礼」として見える。
譜については広文類作法の「正信偈」参照


(4)回向句

原文哀愍覆護我 令法種増長
此世及後生 願佛常攝受
願共諸衆生 往生安樂國
和訳われを哀愍覆護し、法種をして増長せしめたまへ、
この世および後生、願はくは仏、常に摂受したまへ、
願はくは諸衆生と共に、安楽国に往生せん。
出拠善導大師 『讃阿弥陀仏偈』『真聖全』1・353-7
備考『龍谷唄策』所載の「十二光禮」にも用いられているが、現行の譜は魚山『六巻帖』所載の「三力偈」の博士に依る。壱越調であるが本来は下無調であった。