広文類作法


 この作法は、大正12年(1923)立教開宗七百年記念に制定された「正信念仏偈作法」によって作られ、作法の名称を改められたものである。以後、立教開宗法要および報恩講法要に依用されている。

(1)總序

原文竊以難思弘誓度海大船、無碍光明破無明闇惠日、然則淨邦縁熟調達闍世興逆害、淨業機彰釋迦韋提選安養、斯乃權化仁齊救濟苦惱群萠、世雄悲正欲惠逆謗闡提、故知圓融至徳嘉號轉惡成徳正智、難信金剛信樂除疑獲證眞理也、爾者凡小易修眞教、愚鈍易往捷經、大聖一代教無如是之徳海、捨穢忻淨迷行惑信心昏識寡惡重障多、特迎如來發遣必歸最勝直道、專奉斯行唯崇斯信、噫弘誓強縁多生■値、眞實淨信億劫■獲遇獲、行信遠慶宿縁、若也此廻覆蔽疑綱更復逕歴曠劫、誠哉攝取不捨眞言、超世希有正法、聞思莫遲慮、爰愚禿釋鸞慶哉西蕃月支聖典、東夏日域師釋、難遇今得愚難聞已得聞、敬信眞宗教行證、特知如來恩徳深、斯以慶所聞嘆所獲矣
和訳ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。しかればすなはち浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまへり。これすなはち権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、世雄の悲、まさしく逆謗闡提を恵まんと欲す。ゆゑに知んぬ、円融至徳の嘉号は悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は疑を除き証を獲しむる真理なりと。しかれば凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。大聖一代の教、この徳海にしくなし。穢を捨て浄を欣ひ、行に迷ひ信に惑ひ、心昏く識寡く、悪重く障多きもの、ことに如来の発遣を仰ぎ、かならず最勝の直道に帰して、もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ。ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへつてまた曠劫を経歴せん。誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、遇ひがたくしていま遇ふことを得たり、聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教行証を敬信して、ことに如来の恩徳の深きことを知んぬ。ここをもつて聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。
出拠宗祖 『教行信証』総序『真聖全』2・1-2/『註釈版』131-2
備考立教開宗七百年記念法要に依用された「正信念仏偈作法」の「総序」をそのまま用いたもので、譜は明治24年顕如上人三百回忌に依用された「浄土礼讃儀」の「香華文」に依る。元は魚山「声明懺法」の「四悔」の曲譜より移されたもので、本来は黄鐘調で作られている。大正12年(1923)に「正信念仏偈作法」として双調に移された。


(2)正信偈

原文歸命無量壽如來 南無不可思議光  
法藏菩薩因位時 在世自在王佛所  
 (以下略)
和訳▼帰命無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる。▼法蔵菩薩の因位のとき、世自在王仏の所にましまして、▼諸仏の浄土の因、国土人天の善悪を覩見して、▼無上殊勝の願を建立し、希有の大弘誓を超発せり。▼五劫これを思惟して摂受す。重ねて誓ふらくは、名声十方に聞えんと。▼あまねく無量・無辺光、無碍・無対・光炎王、▼清浄・歓喜・智慧光、不断・難思・無称光、▼超日月光を放ちて塵刹を照らす。一切の群生、光照を蒙る。▼本願の名号は正定の業なり。至心信楽の願(第十八願)を因とす。▼等覚を成り大涅槃を証することは、必至滅度の願(第十一願)成就なり。▼如来、世に興出したまふゆゑは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。▼五濁悪時の群生海、如来如実の言を信ずべし。▼よく一念喜愛の心を発すれば、煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。▼凡聖・逆謗斉しく回入すれば、衆水海に入りて一味なるがごとし。▼摂取の心光、つねに照護したまふ。すでによく無明の闇を破すといへども、▼貪愛・瞋憎の雲霧、つねに真実信心の天に覆へり。▼たとへば日光の雲霧に覆はるれども、雲霧の下あきらかにして闇なきがごとし。▼信を獲て見て敬ひ大きに慶喜すれば、すなはち横に五悪趣を超截す。▼一切善悪の凡夫人、如来の弘誓願を聞信すれば、▼仏、広大勝解のひととのたまへり。この人を分陀利華と名づく。▼弥陀仏の本願念仏は、邪見・ョ慢の悪衆生、▼信楽受持することはなはだもつて難し。難のなかの難これに過ぎたるはなし。▼印度西天の論家、中夏(中国)・日域(日本)の高僧、▼大聖(釈尊)興世の正意を顕し、如来の本誓、機に応ぜることを明かす。▼釈迦如来、楞伽山にして、衆のために告命したまはく、▼南天竺(南印度)に龍樹大士世に出でて、ことごとくよく有無の見を摧破せん。▼大乗無上の法を宣説し、歓喜地を証して安楽に生ぜんと。▼難行の陸路、苦しきことを顕示して、易行の水道、楽しきことを信楽せしむ。▼弥陀仏の本願を憶念すれば、自然に即のとき必定に入る。▼ただよくつねに如来の号を称して、大悲弘誓の恩を報ずべしといへり。▼天親菩薩『論』(浄土論)を造りて説かく、無碍光如来に帰命したてまつる。▼修多羅によりて真実を顕して、横超の大誓願を光闡す。▼広く本願力の回向によりて、群生を度せんがために一心を彰す。▼功徳大宝海に帰入すれば、かならず大会衆の数に入ることを獲。▼蓮華蔵世界に至ることを得れば、すなはち真如法性の身を証せしむと。▼煩悩の林に遊んで神通を現じ、生死の園に入りて応化を示すといへり。▼本師曇鸞は、梁の天子、つねに鸞のところに向かひて菩薩と礼したてまつる。▼三蔵流支、浄教を授けしかば、仙経を焚焼して楽邦に帰したまひき。▼天親菩薩の『論』(同)を註解して、報土の因果誓願に顕す。▼往還の回向は他力による。正定の因はただ信心なり。▼惑染の凡夫、信心発すれば、生死すなはち涅槃なりと証知せしむ。▼かならず無量光明土に至れば、諸有の衆生みなあまねく化すといへり。▼道綽、聖道の証しがたきことを決して、ただ浄土の通入すべきことを明かす。▼万善の自力、勤修を貶す。円満の徳号、専称を勧む。▼三不三信の誨、慇懃にして、像末法滅同じく悲引す。▼一生悪を造れども、弘誓に値ひぬれば、安養界に至りて妙果を証せしむといへり。▼善導独り仏の正意をあきらかにせり。定散と逆悪とを矜哀して、▼光明・名号因縁を顕す。本願の大智海に開入すれば、▼行者まさしく金剛心を受けしめ、慶喜の一念相応してのち、▼韋提と等しく三忍を獲、すなはち法性の常楽を証せしむといへり。▼源信広く一代の教を開きて、ひとへに安養に帰して一切を勧む。▼専雑の執心、浅深を判じて、報化二土まさしく弁立せり。▼極重の悪人はただ仏を称すべし。われまたかの摂取のなかにあれども、▼煩悩、眼を障へて見たてまつらずといへども、大悲、倦きことなくしてつねにわれを照らしたまふといへり。▼本師源空は、仏教にあきらかにして、善悪の凡夫人を憐愍せしむ。▼真宗の教証、片州に興す。選択本願悪世に弘む。▼生死輪転の家に還来ることは、決するに疑情をもつて所止とす。▼すみやかに寂静無為の楽に入ることは、かならず信心をもつて能入とすといへり。▼弘経の大士・宗師等、無辺の極濁悪を拯済したまふ。▼道俗時衆ともに同心に、ただこの高僧の説を信ずべしと。
出拠宗祖 『教行信証』行巻 『真聖全』2・43-8/『註釈版』202-15 
備考前述の「正信念仏偈作法」の「正信偈」をそのまま用いたもので、譜は魚山声明「例時作法」の「五念門」の切音譜(きりごえふ)に依る。


(3)念仏

原文阿彌陀佛 阿彌陀佛  阿彌陀佛 阿彌陀佛  
阿彌陀佛 阿彌陀佛  阿彌陀佛 阿彌陀佛
阿彌陀佛 阿彌陀佛  阿彌陀佛
和訳
出拠
備考無量寿経作法の「十一句念仏」を参照


(4)回向

原文願以此功徳 平等施一切
同發菩提心 往生安樂國
和訳願はくはこの功徳をもつて、平等に一切に施し、
同じく菩提心を発して、安楽国に往生せん。
出拠善導大師 『観経疏』玄義分 「帰三宝偈」終わりの4句 『真聖全』1・442-2/『註釈版』1453-1 
備考この譜は『声明品集』に「如法回向」の名称で用いられているものとほとんど同じで、『龍谷唄策』所載の「如法念仏作法」「五会念仏作法」等にも同一のものが見られる。元は魚山声明「如法念仏」の「召請讃」甲様譜を移したものである。
戦前は「平等施一切」の「等」の最後(羽)を1音半下げていたと聞く。