楽曲解説(唐楽の部・太食調)


朝小子(ちょうこし)

 唐楽、太食調、中曲、延四拍子、拍子十二、新楽。
 舞楽「太平楽」の道行にこの曲を用いる。「太平楽」参照

武昌楽(ぶしょうらく)=武昌破陣楽

 唐楽、太食調、中曲、延八拍子、拍子二十、新楽。
 舞楽「太平楽」の破にこの曲を用いる。「太平楽」参照

合歓塩(がっかえん)

 唐楽、太食調、中曲、早四拍子、拍子十六、後度二十、新楽。
 舞楽「太平楽」の急にこの曲を用いる。「太平楽」参照

太平楽(たいへいらく)=武昌破陣楽、武将破陣楽、項荘破陣楽、五方獅子舞、城舞

 唐楽、太食調、中曲、道行 朝小子 延四拍子、拍子十二。破、武昌楽、延八拍子、拍子二十。急、合歓塩、早四拍子、拍子十六、新楽。舞あり(舞人4人、武舞)
 「朝小子」を舞人が舞台に上がる道行、「武昌楽」を破、「合歓塩」を急として「太平楽」の舞楽を舞う。面は用いず、甲をかぶり、鎧をつけたうえに肩喰(木製の獅子頭を模したもの)を肩に、帯喰(木製の鬼の面)を帯の前面につける。さらに魚袋(木製の魚)を肩から前面にさげ、篭手、脛当をつけ、ヤナグイ(矢を納める入れもの)を背負い、太刀を腰に収め、鉾を手に舞う。中国風の鎧兜の豪華な武装である。しかしヤナグイに納めている矢は、すぐに実戦には使えないよう矢尻のほうを上にして、平和のシンボルとしている。「万歳楽」とともにめでたい曲として天皇の即位式の大饗の第2日目に奏されてきた。舞台に出手、入手とも4人の舞人が一直線に並んで特別の舞の振りがある。
 曲の起源や由来は諸説あり、一説に漢の高祖のころ、高祖と項羽の間に争いが起き、鴻門に双方が集まって宴を催した。そのとき、項羽の家臣が剣を抜いて舞を舞い、高祖を討つ機会を待っていたが、項伯(項羽の叔父)が同じく舞を舞いながら袖でその剣をはさんで防いだという故事によるとする。序破急の3楽章が別々の曲で構成される特殊な曲で、演奏次第は、太食調調子・音取、道行「朝小子」(延四拍子、舞人は鉾を手に登場)、破「武昌楽」(延八拍子、鉾を持って舞う)、急「合歓塩」(早四拍子、鉾を床に置き、太刀を抜いて舞う)、急の重吹(再び鉾を持ち、舞いながら退場)。管絃の曲としては「朝小子」「武昌楽」「合歓塩」の3曲が独立してある。番舞は「陪臚」。

打球楽、打毬楽(たぎゅうらく)=散吟打球楽

 唐楽、太食調、中曲、延八拍子、拍子二十、新楽。舞あり(舞人4人)。
 中国の黄帝が作ったという。舞人は、ゴルフクラブあるいはホッケーのスティックのような形で五色に彩られた毬杖(ぎっちょう)を右手に持ち、やはり五色に彩色された木製の玉(球子)1個を用いる。一臈が打つ振りをしている間、二臈以下は他の振りを舞っている。軽快な錦の縁のついた毛べりの裲襠装束に、巻纓・オイカケのついた末額冠(まつこうのかんむり)をかぶり、右手で高くあげた毬杖をゆっくりと振り下ろし、掻きやる手は近代的である。由来は不明であるが、平安時代に競馬や相撲、鶏頭、歌合の会などで舞われた。五月節会に40人が舞ったという記録もある。次第は、太食調調子・品玄(舞人の登場)、当曲(延八拍子、当曲舞)、調子・上調子(退場)。管絃の曲としても演奏される。番舞は「埴破」。

傾盃楽(けいばいらく)=傾盃酔郷楽、酔郷日月楽、無為傾盃楽

 唐楽、太食調、急、小曲、早四拍子、拍子十六、新楽。
 序・破・急の三章がそろっていたが、今は急だけが残っている。唐の玄宗(在位712〜755)の千秋節(誕生日)に馬100頭を飾り付け、これを見ながら酒を飲み盃を傾けたとある。唐の太宗(在位627〜649)が長孫無忌に作らせたとも、太宗または玄宗の作ともいわれている。昭和42年の楽部の「舞楽曲一覧」にはない。番舞は「胡徳楽」であった。

仙遊霞(せんゆうが、せんにゅうが)=仙人河、仙神歌

 唐楽、太食調、小曲、早八拍子、拍子十、新楽。舞なし。
 中国隋の煬帝(在位605〜616)が白明達に命じて作らせたという。この曲は斉宮が伊勢神宮に参拝の際、勢多橋の上で楽人が参進するときに奏したという。

還城楽(げんじょうらく)=見蛇楽(けんだらく)、還京楽

 唐楽、太食調、中曲、早只八拍子、拍子十八、古楽。舞あり(舞人1人、走物)。
 中国唐の明皇(玄宗)が兵を挙げ、韋后(いこう)を討って京師に還ったときにこの曲が作られたとか、蛇を好んで食べる西夷の人が蛇を捕らえて喜び舞う姿を模倣してこの舞が作られたとか、いろいろな説がある。舞人は、頬と顎の動く赤色の恐ろしい顔の面をつけ、還城楽用の別装束(赤色裲襠装束)で、右手に桴(ばち)を持って舞う。舞の途中で、蛇持(管方の末席の者)が木製のとぐろを巻いてかま首を持ち上げた蛇を扇に乗せて登台し、舞台の中央に置いていく。舞人はこれを見つけて、飛び上がって喜ぶ振りがある。舞の後半はこの蛇を左手で捕らえて舞い続ける。この舞には、左方舞と右方舞の2種類あり、左方舞で舞うときは夜多羅拍子で舞う。童舞として舞われることもある。古くは、囀(さえずり)という舞人の唱える歌詞があったが、現在は伝わらない。次第は、小乱声、乱序(笛は「陵王乱序」の追吹、舞人は出手を舞う。12段の出手のうち、9段のころ、蛇持が蛇を持って登場)、還城楽音取(三管同時に演奏する合音取)、当曲(左方舞のときは早只八拍子、拍子18、右方舞のときは夜多羅八拍子、拍子18、乱序(笛は「安摩乱声」の退吹、舞人は8段の入手を舞って退場)。演奏の次第は「陵王」と似ている。なお、右方舞として舞うときも伴奏は唐楽の楽器編成で(ただ、鞨鼓の代りに三ノ鼓を用いる)、旋律も似ているが、拍子が異なり、舞の型が多少違う。また、童舞の時は蛇の代りに白紙を巻いた輪を用いる。

抜頭、髪頭、撥頭、鉢頭、馬頭(ばとう)=宗妃楽

 唐楽、太食調、小曲、早只四拍子、拍子十五、古楽。舞あり(舞人1人、走物)。
 天平8年(736)に婆羅門僧正や林邑国の仏僧仏哲などによって唐から伝えられたという。その由来については、中国の西域の音楽で、猛獣(一説には虎)に殺された父親の仇を討とうと山野を探し求め、ついにそれを果たし、喜んで山路を駆け下りてくる胡人の姿を描いたもの、あるいは唐の后妃が嫉妬のあまり鬼になったというもの、あるいはインドの音楽にあらわれる毒蛇を殺す白馬の勇壮な姿をかたちどったものなど諸説がある。天王寺の楽家に伝わる舞であったが、絶えてしまったので、厳島神社の楽人の棚守元貞が岡昌[禾+周]に再び伝え返したという。赤黒色で鼻が高く、糸製の頭髪をもつ恐ろしい顔の面をつけ、抜頭用の別装束(赤色の裲襠装束)で、右手に桴(ばち)を持ち、左手は握りこぶしの形で舞う。只拍子で舞う左方舞と夜多羅拍子で舞う右方舞の2種類がある。童舞(どうぶ)として舞われることもある。
 次第は、林邑乱声(舞人登場、出手を舞う。笛は退吹)、抜頭音取(三管同時に演奏する合音取)、当曲(左方舞のときは、早只四拍子、拍子15、右方舞のときは、夜多羅四拍子、拍子15。当曲を演奏するうちに退場)。右方舞として舞うときも伴奏は唐楽の楽器編成であり(ただ、鞨鼓の代りに三ノ鼓を用いる)、旋律も似ているが、拍子が異なり、舞の型も多少違う。童舞のときは面を用いず、頭に天冠をつけて舞う。なお、管絃曲としては早只四拍子で、管絃吹(かんげんぶき)という奏法で演奏される。番舞は「還城楽」。

長慶子(ちょうげいし)

 唐楽、太食調、小曲、早四拍子、拍子十六、新楽。舞なし。
 平安時代中期に、琵琶、箏、笛、篳篥などの名手として活躍した源博雅(みなもとのひろまさ)が作曲したとも改作したとも伝える。舞楽の会が終わり参会者が退出するときに演奏される曲で、現在でも演奏会の最終曲として必ず奏される。立楽(たちがく)や管絃のときは管絃吹で、舞楽の退出音声のときは舞楽吹で吹かれる。曲の初めは平調の「鶏徳」と同じであるが、曲調のよく整った格式のある名曲として、今も盛んに演奏されている。

蘇芳菲(そほうひ)

 唐楽、太食調、中曲、延八拍子、拍子九、新楽。舞なし。
 もとは乞食調の曲であった。五月節会に御輿の前で舞ったとか、嵯峨天皇(在位809〜823)が競馬の見物に行幸のとき、右舞の「狛竜」と組んで舞ったという。舞の姿は体は獅子で頭は犬の頭に似ているというが、今はこの2曲とも絶えてしまった。

輪鼓褌脱、臨胡褌脱、臨湖褌脱(りんここだつ)

 唐楽、太食調、小曲、早只四拍子、拍子二十三、新楽。舞なし。
 「褌脱」の「褌」は「渾」の字を当てることもある。もとは乞食調または平調の曲であった。散楽の一つであったろうといわれているが、今は舞は絶えてしまった。源順の説によれば、輪鼓(りゅうご)という鼓の形をしたものを糸のついた2本の棒で操る遊戯の伴奏曲であるという。催馬楽の「安波戸」に曲があったというが、歌の方は絶えてしまった。記録には「剣気褌脱」「輪鼓褌脱」と角調の「曹娘褌脱」の3曲が残されているが、「剣気褌脱」「輪鼓褌脱」の2曲が残されている。

庶人三台(そにんさんだい)

 唐楽、太食調、小曲、早四拍子、拍子十六、新楽。舞なし。
 もとは乞食調の曲であった。相撲節会の際に奏されたが、舞は絶えてしまった。

散手(さんじゅ)=散手破陣楽、主皇破陣楽

 唐楽、太食調、序吹、拍子十、破、中曲 延八拍子、拍子十、新楽。舞あり(舞人1人、武舞)。
 釈迦が生まれたときに師子[口+屋]王がこの曲を作ったとか、神功皇后が朝鮮を攻めたとき、率川(いさかわ)明神が船の舳(へさき)にあらわれて将兵を指揮した姿を舞にしたものとか伝えられている。
 毛べりの裲襠装束に竜甲(たつかぶと)をかぶり、威厳のある面をつけ、太刀を腰に手に鉾をもって舞う。次第は、太食調調子・品玄(あるいは新楽乱声・音取)、ここで登場、出手)、序(無拍節)、破(延八拍子)、上調子(あるいは新楽乱声、入手)。序と破が当曲舞。左方襲(常)装束を着た番子(ばんこ)という従者2人を従え、一人は舞台の下で舞の前に舞人に鉾を渡し、他の一人は舞が終わるとこれを受けとる。番舞は「貴徳」。