御絵伝・第一幅
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「御絵伝」第一幅


第三図(吉水入室の図) 吉水の禅房

 親鸞聖人は、叡山で20年間にわたり自力の修行をなされたが、ついにすくわれる道を見いだし得ず、29歳の春、吉水の禅房に源空上人(法然)をお尋ねになった。そのときの様子を描いたものである。

 この第三図は、ひとつの背景に二人の範宴(親鸞聖人)が描かれている。山門から白砂を通り縁に近づく聖人と、室内で源空上人と対面する聖人である。これは、人物の動きを表現する画法で、あとの図にも見られる。
 門前には、聖人の輿と慈円僧正のもとより見送りの使僧権智房性範(得度式の剃髪僧)が待機している。白砂を通る聖人の後ろには、聖人に従って下山した松若丸時代からの近習である侍僧正全房、同じく下山入室して西仏房となった乗観房、その他お供の喝食が描かれている。
 範宴(親鸞聖人)は白い法衣姿、源空上人は黒衣姿である。のちに聖人は、源空上人より選択集を伝授され、源空の真影を図画することを許される。このとき、七高僧の一人である道綽禅師に一字と源空の一字を取った「綽空」の名をいただく。
 縁に座っているのは善恵房証空か(あるいは勢観房か)。池の内外に描かれた2匹の鴛鴦は、源空と範宴の師弟関係をそれとなく示唆している。池の中にいる鴛鴦が源空上人で、石の上にいる鴛鴦が、今まさに雑行を捨てて本願の池に入らんとしている親鸞聖人である。

 大谷派『真宗聖典』所載の『御伝鈔』は、東本願寺蔵『本願寺聖人伝絵』(康永本)を底本としているが、この吉水入室の年次を「建仁第三の歴 聖人二十九歳」とする。しかし、『教行信証』には「建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す」と明記されており、続く割注にある「聖人二十九歳」という年齢からしても、康永本の年次は作者の誤記と思われる。