御伝鈔下巻・第五段
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「御伝鈔」下巻


第五段(熊野霊告の段)

 聖人(親鸞聖人)が京都にお帰りになっても、関東の弟子達が、遠いところ集まって来たりしていた。その頃、常陸国の大部郷というところに平太郎という庶民がいて、聖人の教えを信じて決して迷うことはなかった。ところがある時、その平太郎が公務で熊野に参詣しなければならなくなり、念仏者が神社へ参詣することについて、聖人に相談に来た。聖人は次のように仰せられた。
 釈尊は「末法の時の中にては自力の修行はかなわない」と説かれ、道綽禅師は「ただ浄土の一門のみ通入すべき道なり」と示された。これらは経釈の明文であり、釈尊の金言である。三国の高僧達も説くところである。しかるに、阿弥陀如来一仏に帰依し念仏申すという一向専念の義が往生浄土の肝腑であり骨目である。即ち浄土三部経には明らかに一向専念が説かれ、天親菩薩は一心と判じ、善導和尚も一向と釈されている。しかれば何れの文によっても一向専念の義を立てなくてはならないのである。
 証誠殿の本地は阿弥陀如来である。念仏の教えに出会えなかった者まで救おうとなさっている姿である。しかれば、御本地の誓願を信じて一向に念仏をよろこんでいるものが、公務に従い社廟に参詣すること、しかも決して自分から発起したことでなければ、垂迹である神に対しては、内壊虚仮の身である以上、あながちに賢善精進の威儀を表さないことだ。
 教えに従い平太郎は熊野に参詣したが、神道の作法にも構わず、ただいつものように振る舞い、禊ぎやお祓いを受けることもなかった。行住座臥に弥陀の本願を仰ぎ、師の教えをまもっていた。その夜、夢に衣冠正しき俗人が現れ、「なんじは何故にわれを軽んじ不浄のまま参詣したのか」と仰せられた。その時、その俗人に対座して親鸞聖人が現れ「彼は善信(親鸞聖人)の訓によって念仏するものなり」と仰せられた。とたんに俗人は笏を正し、殊に敬しく礼をして、それからは何も申さなかったと見るほどに夢がさめた。