御伝鈔上巻・第一段
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「御伝鈔」上巻


第一段(出家学道の段)

 聖人の俗姓は、藤原氏である。天児屋根尊より21世の大織冠鎌子の内大臣(藤原鎌足)の玄孫に近衛大将右大臣である内麿公がおられる。この方は後長岡大臣、あるいは閑院大臣と号し、太政大臣房前公の孫で、大納言式部卿真楯の息子である。その6代の弼宰相有国卿より5代下った皇太后宮大進である有範の子である。

 されば朝廷に仕えて高位顕官に栄進する家柄ではあるが、興法利生の縁に催されて9歳の春の頃、前の若狭守で後白河上皇の近臣で聖人の養父である伯父の範綱卿に伴われて、法性寺殿の御息で月輪殿の長兄で前の大僧正である慈鎮和尚(慈円)の御坊(青蓮院)にて剃髪(得度)された。そして範宴少納言と号された。
 それ以来、叡山にて天台宗の奥義を極め、また横川の源信和尚の教学を研鑽せられた。