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(4)年忌法要と行事




6. 読経の意味
 ある法事にお参りした時のことです。亡母の7回忌ということだったのですが、お勤めを始める直前になって、施主さんから「おやじの供養もしたいので、おやじの分のお経も上げて下さい」と言われたのです。

 「“おやじの分”と言ったって、お経はそんな意味で上げるのではない」と心で思い、やんわりと説明したのですが、どうも通じなかったようです。

 また、こんなことを言う人もいます。

 「父の命日には、毎月ご院さん(住職)にお参りしてもらっていてよいのですが、祖父の命日には参ってもらっていません。お祖父(じい)ちゃん、気を悪くしてないでしょうか…」

 どうやら、これらの方は「お経は先祖のために上げる」と思っているようです。故人に対して“読経の功徳をさし向ける”という認識です。

 しかし、浄土真宗で行う読経(お勤め)はそうした故人への“追善回向(ついぜんえこう)”ではありません。阿弥陀如来のお徳を讃(たた)え(仏徳讃嘆:ぶっとくさんだん)、そのご恩に感謝する(報恩感謝:ほうおんかんしゃ)行為なのです。

 法事でよくお勤めされるのは「浄土三部経」です。これは何も1つのお経ではなく、『仏説無量寿経』(大経:だいきょう)2巻、『仏説観無量寿経』(観経:かんぎょう)1巻、『仏説阿弥陀経』(小経:しょうきょう)1巻を合わせた総称で、浄土真宗のみ教えの根幹となるもっとも大切なお経(正依の経典)です。いずれも、お釈迦さまが“阿弥陀如来の間違いのないお念仏を信じて救われてくれ”と、私たち凡夫にお説き下さったものであり、「正信偈(しょうしんげ)」など他のお聖教(しょうぎょう:広義のお経)も、阿弥陀さまのお救いを讃えてあるものです。

 したがって、「お経を上げる」ということは、ほかならぬ私たち自身がお念仏のみ教えを聞き慶ぶことであり、如来さまのお徳を讃えてそのご恩に感謝することであるわけです。「誰それのための読経」というような“故人のための読経”ではなく“私自身のための読経”と言えるでしょう。

  • 各故人のために上げるのがお経ではない。
  • 読経は、私が如来さまのお救いを讃え、感謝する行為。




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