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(2)葬儀と中陰




13. 中陰と迷信(迷信に惑わされない)
 中陰(ちゅういん)とは死後49日間を言い、死亡日から数えて7日目を初七日(しょなのか)、次の7日目を二七日(ふたなのか)、以後三七日(みなのか…というように、7日ごとに法要を勤め、最後の七七日(四十九日:しじゅうくにち)は満中陰(中陰が満つる)として、特に丁重にお勤めするならわしになっています。

 もっとも、地域によって命日(めいにち)の前日(逮夜:たいや)から7日ごとに勤めるところもあり、日取りについてはお寺にお尋ね下さい。

 こうして勤める中陰法要は、前項でもふれたように、決して追善の、また冥福を祈るためのものではありません。肉親の死を目(ま)のあたりにした悲しみの中から、故人の遺徳を偲(しの)ぶとともに、これを縁として“私”の人生の確かな依り所となって下さるお念仏の教えを聞き、阿弥陀如来さまへの報恩の念を深めるための仏事です。

 言いかえると、中陰法要の1回1回が“私”にとっての貴重な仏縁であるわけです。心して法要に臨み、ご住職の法話には特に耳を傾けていただきたいものです。

 ところが、この中陰に関して「四十九日が3カ月にわたるといけない」という迷信が広くゆきわたっており、3カ月にわたる前に満中陰をすませる方が増えてきています。

 例えば五七日(三十五日)に満中陰法要をしたり、場合によっては三十五日以前の日曜日に早ばやとすませたりします。考えてみれば、月の後半に亡くなると、49日目が3カ月にわたるのは当然で、むしろ3カ月にわたることの方が多いくらいです。

 どうして「四十九日が三カ月にわたるといけない」と思うのかと言えば「始終苦(しじゅうく:四十九)が身につく(みつき:三月)」からだというのです。語呂合わせの迷信そのものでしょう。

 そういう語呂合わせを気にして日を変えるようでは、何のための法要かわからなくなってしまします。決められた中陰の日でないと絶対にだめだとは申しませんが、迷信によって日を変更したり、振り回されたりはしないで下さい。せっかくの仏縁です。大切にしましょう。

  • 死後49日間を中陰といい、49日目を満中陰という。
  • 「満中陰が3カ月にわたるといけない」というのは迷信。




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