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(2)葬儀と中陰




9. 引導は渡しません(如来様が導いて下さる)
 葬儀の司会進行は、近ごろではほとんど葬儀者の方がするようになり、決まり文句を交えながら実に手際よく式を進めます。

 しかし、そうした使い慣れた言葉が必ずしも実際の葬儀の内容に合致しているとは限らず、特に浄土真宗の場合、ふさわしくない表現が少なくありません。

 「お導師より引導を渡していただきます」という表現も、そんな1つです。この“引導”とは「死者をお浄土などの悟りの世界に引き導く」という意味で使われ、導師がそれを行うと受け取られているようです。

 確かに他宗では死者に法話・願文(がんもん)を与えたり、喝(かつ)を入れたりする葬式があり、葬儀の重要なポイントになっているのですが、浄土真宗ではそうした“引導”の儀式・作法は一切ありません(式の前に導師が三帰依文を唱えながら、剃刀(かみそり)を当てるのは「おかみそり」という仏教徒になるための儀式です)。

 と言うのも、私たち凡夫をお浄土に引き導くはたらきのすべては、阿弥陀如来さまの側にあるからなのです。人(導師)が人(死者)をお浄土に導く力は残念ながらありません。それだからこそ、またすべての人が如来さまの救いのお目当てであると言えましょう。死を目(ま)のあたりにして悲しみにくれる私たちは、如来さまのこうしたお救いの確かさ、有り難さを深く味わわねばなりません。それが浄土真宗の葬儀の大切なところでもあります。

 ところで“引導”とは元来、死者を対象とするのではなく、“生きている人”を仏道に引き導くことでした。したがって、すでに悟りの境地に達しておられる仏さま、もしくは菩薩ならばこそできるおはたらきと言えましょう。それが、死者に対する畏(おそ)れもあり「迷わず成仏してくれ」との願いから“死者”を対象に使われるようになったのではないかと思われます。

 なお、“引導”という言葉ですが、浄土真宗ではあくまで法要・儀式を執行する上での指導的立場の人という意味です。

  • 導師(寺院住職)が死者に「引導を渡し」たり「浄土へ導く」のではない。
  • すべて阿弥陀如来のおはたらきで浄土に生まれる。




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